swimming pig

当てもなくもがく一人の人間の日記

先延ばし、拙速、仕事の質

今の状態は、締め切りもあやふやな非常に大きな課題をひとつ与えられて、一日の生活時間を自分で決められるという非常に柔軟性の高い状態だ。
どれだけ研究してもいいし、スキーに行って遊びほうけてもいい。
こうした中、最大の敵は先延ばしの心理で、やる気が無いとか言う理由で一日だらけてしまうことでどんどん仕事が遅くなる。

院に入る前僕は仕事がめちゃくちゃ早いことで有名だった(と自分では思っている)。それこそ、どんなタスクでも一切先延ばしせずにやっていた。ノートにタスクを箇条書きし、片っ端から片付ける。一日の終わりには、残した仕事を整理する。今から思っても優秀だと思う。優秀が故に周囲から賞賛され、またモチベーションがあがる。こういう好循環が生まれていた。これは、タスクをこなすという報酬をうまく仕事に活かしていたということだろう。

今はどうか。周囲は誰も賞賛しないし、そもそも級友や教授のオフィスに尋ねなければ誰とも会話しない日もある。日々の報酬はない。もしかしたら、勉強してわかったということや、細分化したタスクをこなすことによる安堵感はあるかもしれないが、長期的な課題の大きさによる焦りや不安の方がずいぶん大きい。ひとつわかればまたひとつわからないことが出てくる、ひとつこなしてもその後ろにある巨大なタスクに打ちひしがれることもあるだろう。

こうした中で、解決策は通常、タスクを細分化することや細かく締め切りをつくるということがあげられるだろう。他にも決まった時間に学校に来る習慣や、適度な休憩、オフの日を作るなどが有効だろう。

ただ、僕が実際にやっているのは、作業はながらでやったり、作業が途中でも疲れたら帰ったり、先延ばしが仕事自体のなかに組み込まれてかつての拙速ぶりから超遅滞型の仕事ぶりになっている。

もしかしたらこれはいいことなのかもしれないと最近思ったりもする。なぜかというと、研究にとって拙速による弊害は大きく、ひとつのミスがのちのち大きくなっていく(最終的な研究成果は細かい作業の積み重ね)ので、疲労状態でやっつけをするのが最悪だからだ。

それに海外生活の中で、焦りや疲労によって無理をして体調を崩したり、事故を起こすことが日本にいることときより非常に大きいリスクとなっている。

そんな言い訳をしつつも、しかし、ある程度はストレスをかけないといけない。なかなかバランスが難しい。

ところで、拙速時代の自分を振り返ると、よく「周囲の人間はどうしてこんなに仕事が遅いのか」と思っていたことを思い出す。
もしかすると、彼らは拙速よりもミスを最小化するスピードで仕事をしていた可能性がある。もしかすると、タスクの膨大さに打ちひしがれていた可能性もある。もしかすると、自分が情報を出さなかったせいで、先が見えないことで報酬が見えなくなっていた可能性がある。
ある意味、末端の作業者となったことでいろいろ勉強になるなと最近感じている。